堅苦しくないのに、自然と姿勢を正したくなる店がある。その歴史やしつらえ、佇まいに客へのさりげない気遣い。真っ直ぐ仕事に向き合う店を訪れると、気づかぬうちに背筋がスッと伸びているのに頬はゆるみ、いつの間にか気分がキレイになっている。そんな店を3回に渡って紹介するよ!
皿、料理、重厚な扉に
自然と姿勢を正してしまう
日本の洋食史の生き字引。
ぽん多本家
明治時代から紡がれてきた町場の洋食史がここにある。15分かけて揚げるカツレツや3週間かけて仕込むタンシチューは、代々の主人が要人にふるまってきた名品だ。時の総理も『ぽん多本家』のカウンターで極上の洋食に舌鼓を打ってきた。
カツレツやフライを揚げるラードは、主人の島田良彦さん自らが大鍋で生の脂から引き出している。夏は軽快に揚がるように、冬は香り豊かに仕上がるように調えているのだ。「削ぎ落とす料理が、東京の料理の伝統ですよね。だからこそ料理の芯になる部分は絶対に妥協できない」。素材を見る目は厳しい。皿もノリタケ系列の高級磁器〝大倉陶園〟製。ここではヴィンテージの皿でも惜しまず洋食を盛って客に出す。「若い料理人が来ると『こんなすごい皿で出すんですか? 』って目を丸くします。でも来ていただくなら『料理屋に来た』って喜んでいただけるように、もてなさなきゃいけません」



島田さんは小学生のころ、先代から「食べてこい! 」と言われて天ぷら店のカウンターに座り、お好みで注文したことがあるという。「そりゃあ、緊張しましたよ……。作法はわからないし、金も持たされていない。食べ終えて困っていたら、父親が上から降りてきた。いやでもあれはいい経験でしたね。それこそ背筋が伸びっぱなしでした」。それから50年。練達となった主人の洋食が美しい皿に盛られて差し出される。自然と背筋がスッと立つが、堅苦しくはない。心地いい緊張感が味わいをより深めていくのだ。
背筋が伸びるPoint
歴代総理も座ったイス
明治38(1905)年の創業以来、丁寧な仕事で政財界人の舌を唸らせてきた。わずか3席の1階カウンターのみならず、2階のテーブル席にも各界の大御所が訪れてはいい姿勢で舌鼓を打つ。
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お話を聞いたのは……
4代目主人 |
【Shop Information】
ぽん多本家
住:東京都台東区上野3-23-3
☎︎:03-3831-2351
営:11:00~13:45L.O、16:30~19:45L.O(日・祝はディナー16:00~)
休:月曜(祝日の場合は翌日)
カツレツ3850円、ポークソテー4180円、タンシチュー6600 円。
酒類はビール(中瓶)、日本酒各990円、ワインハーフボトル(赤・白)5500円など
背筋が伸びると
飲み方もキレイになる。
しつらえまで計算し尽くされた。
銀座バードランド
焼き鳥界における名店の先駆けといえば『銀座バードランド』。一般的な地鶏は75日で出荷されるが、この店の焼き鳥用に串打ちされた奥久慈しゃもはその倍ほども飼育されたもの。濃厚なうま味が口いっぱいに広がる。もちろん炭も今や希少な紀州備長炭だし、仕入れる酒も半端ではない。「ワインも日本酒も酵母が完全発酵したものを選びますね。そうした酒は翌日がラクなんですよ」と店主の和田さんは胸を張る。
そうした目配りと気配り、そして発想はメニューのみにとどまらない。たとえばカウンターの内側で接客していると、姿勢が悪く見える長身の客が目についた。日本人の平均身長は高くなったはずなのに、既存のイスの座面や卓の高さは今までどおり低いままだった。「それでは快適に飲んだり食べたりしてもらえない」と可処分所得の高い客の身長を175㎝と想定し、イスやカウンターの高さを設計し直したという。「一般的に40㎝だった座面の高さを50㎝、座面から卓上までの長さは28㎝だったのを35㎝としました」。座面から卓上までの長さを伸ばすと姿勢が自然とよくなる。呼吸が深くなってアルコール分解も促進されるし、背筋が伸びて意識も保ちやすい。コンディションがよくなるから食だって進む。お客さんの食べっぷりや飲みっぷりもよくなりました」。



背筋が伸びるPoint
イスとカウンターの高さが重要!
いい客はいい客を呼ぶ。店にはいい気が満ち、接客もますます冴える。高さ85㎝のカウンターは今日も穏やかな朗らかさに満ちている。
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お話を聞いたのは……
店主 |
【Shop Information】
銀座バードランド
住:東京都中央区銀座4-2-15 塚本素山ビルB1
☎︎:03-5250-1081
営:17:00 ~21:30L.O
休:日・月・祝
HP:ginza-birdland.sakura.ne.jp/
ここでしか飲めないアウグスビールのピルスナー990 円ほか、日本酒は竹鶴や神亀、天狗舞、剣菱などを提供している。
ワインもフランス、カリフォルニア、オセアニアなど、泡・白・赤・オレンジまで充実しているとのこと。
photo : Tomoo Syoju(BOIL)、Kouki Marueki(BOIL) edit & text : Tatsuya Matsuura